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2018.0708(日)島田市博物館企画 城郭専門家・加藤理文先生と行く「諏訪原城城攻めツアー」レポート [ヒストピア島田]

2018年7月8日(日)13:30〜 島田市博物館ロビーです。
第74回企画展「島田の城と香川元太郎城郭原画展<西日本編>」の関連イベント、
城郭専門家・加藤理文先生と行く「諏訪原城城攻めツアー」が行われました。

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最初に、学芸員岡村龍男さんのご挨拶。
本日の講師、加藤理文(まさふみ)先生をご紹介。
まずは、2階の展示室で諏訪原城、他の城郭について、
見所を解説いただきます。
2時ごろから、バスで移動して、諏訪原城に向かいます。
加藤先生よろしくお願いいたします。


まずは、ロビーにかけられた「諏訪原城」の絵の前で。
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この諏訪原のこの絵は新しくて、まだ他では観られないもの。
以前学研「歴史群像」の本で紹介した絵の後で、
研究が進んで、その絵の間違いがわかった。
それでその間違いを修正した、最新のものがこちらの絵。

諏訪原の丸馬出しがいつ作られたものかわからない。
その説は、
小田原攻めの時
小牧長久手の戦いの時
信長の武田攻めの時
と3つの説がある。
右上の部分が武田の名残か?
ほとんどが徳川時代の改修ではないか?

それでは2階に行きましょう。
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2階のエントランスホール。
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ここに展示されているのは、
香川先生がどのようにして絵を描いているか?の解説図。
その方法は、加藤先生が香川先生に地形図と縄張図を送り、
このくらいの角度で描いて欲しいと指定。
香川先生が、建物も何もない地形の絵を描いてきて、
そこに加藤先生が、「ここに櫓を描いてくれ、ここに門を描いてくれ、
ここに御殿を描いてくれ」という指示を出す。
そこで香川先生がラフな絵を描き、それを見て、さらに
「もう少しこちらに移動させてくれ」など、細かな指示を出し、
香川先生が大体の色付けをする。またそれを見て、
「外観がおかしいとか、高さがあってないとか、向きを変えて欲しい」
とか、それを直してもらって完成。
香川先生のお仕事は早くて、大体2週間ぐらいで絵を完成させるのだそうです。
12月には「お城EXPO2018」なるイベントで、香川先生の講座もあるそうです。

展示室に移動します。
「諏訪原城」です。
下にある絵が、以前のものです。
武田時代のものだと思われていたのですが、
発掘調査をしたら、違っていたと。
武田時代の以降はほとんどなくて、
徳川時代に作り変えられたものがほとんどであると。
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そこで、最新に描かれたのが、この上の絵であると。
そのことについて、香川先生がどうやって直したか?
話されたことはこちらで。

お城というものは、調査をしてみると、
それまでの説を覆すような結果が生まれることがあるそうです。

こちらは、「二俣城」です。
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「二俣城」は、二俣川と天竜川の挟まれたところにあったそう。

先生の熱弁が進みます。
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「先生、時間切れです。バスに乗る時間ですよ〜!」
午前中に、ギャラリートークをやった方がよかったかもですね!!
さてここからは、島田市のバスで「諏訪原城」まで移動します。


到着しました!
駐車場の近くに、スチールの引き出しがあって、
「続日本100名城」のスタンプが入っています。
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左下のグレーの箱です。

ツアーの様子をところどころ撮影しましたが、
「諏訪原城」のサイズが大きすぎて、
さらに加藤先生のマシンがトークも凄すぎて、
全部を書ききれなくてごめんなさい!
城攻めツアーの醍醐味を感じていただけたら、幸いです。
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「大手南外堀」
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「大手北外堀」
この標柱を建てるにあたって、写真を撮るときなど邪魔にならないか?
色、高さなど、字体、見栄えがいいかどうかなど、
何度も会議をして決めているのだとか。
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この「史跡 諏訪原城跡」の石碑も、
実物大のサンプルをここに建ててみて、確認したそうです。
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この題字は小和田哲男先生が、これが良かろうと決めたもの。
昭和五十年十一月二十五日 指定
平成十四年十二月十九日 追加指定
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文部科学省
静岡県教育委員会
島田市教育委員会
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これらも全部入れないといけないという決まりだとか。

案内板も利用して、説明してくださいました。
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この「諏訪原城」は、戦闘局面に特化した城だったと。

「惣曲輪」
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「諏訪原城」の丸馬出しはものすごく巨大であると。
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「諏訪原城」の堀は全て空堀。
空堀の方が守備は堅い。
少し引いたところに高い台を作って、
そこから全体を眺められるようにしたいそうです。
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あの前方の木の橋は、必要。

このV字型の堀は、武田が作ったもの。
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この門は「医薬門」。
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本当は、門の横にず〜っと塀を作りたいのだそう。
塀をつけて、土塁も再現したいそうですが、
現在は文化庁の許可待ちなのだそうです。
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加藤先生がいるあたりに土塁があるので、
皆さんが歩いているように渡ってくる人を、横から攻撃できる。
少し高い土塁のところから、鉄砲で狙い撃ちできてしまうとか。
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この門を閉めると、隙間が空くけれど、
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中世の城では、必ず隙間が空くように作っていました。
槍を入れられても門を閉められるように。

発掘の際に、束石が出てきた。
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その石を再現しています。
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門は必ず内側に開くようになっていると。

運よく門を通って、先に進めたとしても、
ここを1列に進んで行くことになると、
左側の土塁のところから、狙い撃ちされる。
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ここは木橋。
この先の二の曲輪に行こうとすれば、
この橋を切って落とされてしまうと渡れない。
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「二の曲輪」
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この両脇は、土塁。
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道には、草よけなのか、木っ端が敷き詰められている。
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「本曲輪」に進みます。
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「本曲輪」は、こちらです。
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ここの土橋が狭い。
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「本曲輪」説明文。
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大井川の渡河地点が見えていたと。
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大井川のと勝ち点を抑えることができるというのは、
とても重要な場所にある城だということ。

「カンカン井戸」「二の曲輪」はこちら。
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「国指定文化財 諏訪原城跡」看板
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土塁の上を歩いていきます。
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パノラマ撮影して見ました。
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下に降りていきます。
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ここには、「カンカン井戸」があります。
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また上(二の曲輪)まで、上がってきました。
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あ、虹が!?
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「二の曲輪東馬出」
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このブルーシートが束石のあったところ。
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もう2つは、位置がわからない模様。
ここからが、「カンカン井戸」の方へ抜ける近道があったそうです。
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最後まで加藤先生の熱弁は止まりませんでした。
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現場でお話を聴くって、いいですね。
加藤先生、ありがとうございました。
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